沼津市の藤川会長のところに新年の挨拶に行きました。私がなぜ藤川親父の事を藤川会長と言うかと言うと私が20代後半に石鯛釣りを始めた頃、藤川会長は50歳前で石鯛師としてバリバリの時で沼津潮クラブの会長でもありながら、伊豆半島の会長みたいな存在でした。磯釣り雑誌が当時は数多く出版されており、藤川会長は良くのっていました。釣の世界では日本では有名な方ですが、とても気さくな人柄で会長!会長!と今でも言われています。
昨年末にのし餅を作りに来た時、会長の奥さんが30周年記念祝賀会の時の欄の花はどうしたの?と聞かれたので、会社にありますよ!今度持って来ますよ!と答えたので一日も早く持って行きたかったので新年の挨拶も兼ねて沼津に行きました。
昨年は藤川屋もdancyuと言う雑誌にシュークリーム特集で沼津の藤川屋でのったんですが、凄い事ですよね。藤川会長はクリームに良い材料使ってるから!と昔から言ってました。私は興味が無いので聴き流していましたが、今に思うとdancyにものり藤川親父が誇りを持ちシュークリームを作っていた事が分かります。雑誌に出なくても誇りと自信があったのですね! 何かをやろうと思う時、覚悟を持ってやるべきです。会長の生き様を見ていると感じる物があります。会長が現役の釣り師を70歳の時に引退して、今でもサポート役では動いていますが。ある一つの石鯛釣り大会がありました。40年ほど続いていましたが20年前は100人ぐらい集まっていましたが、年々人数が減り30人集めるのも大変になり、その大会は無くなりました。会長はなんで辞めるんだ!と悔やんでいました。継続は力だ!継続していれば何かが変わる!とその時も言われてました。藤川会長が磯釣りから引退したのは、大きいですね!釣の会の会長を引退しても変わらないですが。私は経営者として藤川会長を見ていてとても勉強になります。釣り一つとってもそうですが、一つのクラブの継続も大事ですが人が集まる大会や歴史ある大会を継続させる事の方がもっと大事だと最近思います。年に一回の同窓会みたいなもので、めんどくさいがいざ集まると楽しいものです。藤川会長は大会前に大会に参加するように声を掛けています!藤川親父は一つのクラブより、数多くの石鯛釣り師が集まる場所を守っているように私には映っています。私も守りたいと思いますが石鯛釣りに関してはサポートが限界です。なぜなら私には会社があります。会社に100パーセントの力を注ぎたいので!私が会社を退職する時、0.1パーセントの悔いも残したくないと思っています。あの時こうすれば良かった!後何年あれば!とかね。達成出来なくても、無念ではあるが悔いはありません。しょうがない!と心の底から思えたら幸せです。しかし石鯛釣りも私にとっては精神安定剤みたいなもので、仕事の一つみたいな存在だと思っています。バランスですね!頑張る事沢山ありますね!良し!
2020
5
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